映画『スタンド・バイ・ミー』のラストシーンで、小説家のゴーディが書いている文章。
これは、小説の中では序盤に出てくる文章なのです。
では、その文章とは?
翻訳と、その文章の意味するところを考えてみました。
映画『スタンド・バイ・ミー』最後の英文
ゴーディが向かっている、黒い画面に緑色の文字が浮かぶコンピューター、懐かしいですね…
昔のオフィスコンピューターのようです(笑)
それはともかく、最後の英文は以下の通りです。
Although I haven’t seen him in more than ten years I know I’ll miss him forever.
I never had any friends later on like the ones I had when I was twelve. Jesus, does anybody?
映画『スタンド・バイ・ミー』より
映画『スタンド・バイ・ミー』最後の英文和訳
クリスとはもう十年以上会っていなかったけれども、もう永遠に会うことはできないのだ。
わたしはこの十二歳のときの仲間のような友人は、その後一人ももてなかった。世間の人はどうなのだろう?。
『スタンド・バイ・ミー』新潮文庫p.135より(太字:山田順子氏訳)
後になってから振り返ってはじめて「二度と帰ってこない十二歳の夏」が特別な時間だったのだと気づくのね。
映画『スタンド・バイ・ミー』最後の英文の意味すること
新聞の訃報を読んで「クリスとはもう会うことはできない」と痛感することは、一つの時代の終わりを感じること。
振り返って、十二歳の夏の二日間がどんなに特別な時間だったことか、そして、あの時の友だちがどんなに特別な存在だったことかを思い返しています。
小さな町で一緒に育ち、お互いの事情もすべて知り抜いているからこそ、感情を吐き出したりできる。
クリスがゴーディに「俺がお前のおやじだったら」と言ってくれましたが、そんな友だちはもうこれから現れないかもしれないですよね。
四人が町に帰って来た時、「見慣れた町が小さく見えた」というのは、大人への一歩を踏み出したということ。
短い文章ですが、そんな感情がこもったものなのではないでしょうか。
まとめ
子どもから大人になってゆく十二歳のときのような友だち、もう二度とあんな友だちができることはないだろうな。
そんな言葉の中にあの時の友だち、あの時の自分、あの時の出来事を大切に思う気持ちが溢れています。
森の中の一夜が明けた朝、ゴーディは偶然すぐ近くに来た鹿を目撃します。でもそのことは仲間の三人にさえ話さなかったのです。
本当に大切な瞬間は、言葉にするとつまらないものになるような気がして。
そんな魔法のような瞬間がたっぷり詰まった『スタンド・バイ・ミー』、ぜひもう一度楽しんでみてください。