今日も世界では多くの命が失われている。
それなのに私はここにいていいの?
西加奈子さんの小説『 i アイ』 は2001年9月11日アメリカ同時多発テロから、2015年9月2日のシリア難民男児の溺死まで、世界各国で起こった事件・事故を背景に、一人の人間のアイデンティティを問い続ける内容です。
このあとはネタバレであらすじをご紹介しながら、感想も述べていきますので、これからお読みになる方はご注意ください。
『 i アイ』 アメリカでの生活(小学校まで)
主人公はワイルド曽田アイ。
1988年シリア生まれ。ニューヨーク在住の夫婦の養子としてアメリカに来ました。
養父ダニエル・ワイルドはアメリカ人、養母綾子・曽田・ワイルドは日本人。
「アイ」という名はダニエルが「愛」、綾子が「I(自分自身)」の意味を込めてカタカナで付けた名前です。
高級住宅地に住む裕福な夫婦である両親は、アイを子ども扱いせず何でも話して聞かせ、育てました。だからアイは自分が養子であることに気づく前から知っていたのです。
アイは幼少期から自分は「不当な幸せ」を手にしていると思ってきました。
「持たざる者」に配慮するようにと諭す両親の教えと、自分を世話するために雇われているハイチ移民のシッター、アニータとその娘たちの存在によって、その後ろめたさは増大していきます。
アイは孤独だったのです。
主人公はニューヨークのお金持ちの家で暮らしながら、「シリア人であること」「養子であること」「裕福であること」で周囲との違和感を感じるのね。
繊細で賢い子どもなんだね。
『 i アイ』 中学校時代~”911”アメリカ同時多発テロ
航空部品メーカに勤めるダニエルの転勤で、一家は東京に引っ越します。
私立中学に入学したアイは、疎外感に苦しむことになります。
自分の容姿、養子であること。
友人たちは優しく接してくれたけれど、自分が特別であると感じることは苦痛でしかなかったのです。
中1の時、アメリカ同時多発テロのニュースに「自分は生き残ってしまった」と罪悪感を覚えます。
そして、徐々に忘れられていくニュースに、自分一人が胸を痛め続けていることを「おかしいこと」と押し隠します。
自分だけが偶然に選ばれたことで、貧しさや不幸、災害から免れている事に苦しむのね
『 i アイ』 高校時代
勉強に没頭したアイは都内の大学付属の進学校に入学します。
そして、その後何年も彼女が忘れることのできない言葉に出会うのです。
「この世界にアイは存在しません。」
「iアイ」西加奈子
数学の時間に「二乗してマイナス1になる、この世に存在しない数。虚数」の説明でこの言葉を聞いたアイは、その後何年もこの言葉について考え続けるのです。
このことからアイは数学の魅力に目覚め、勉強に没頭していきます。
そして高校では親友・権田美菜と出会います。
ミナは明るく朗らかで、でも堂々と一人でいる事もできる子。
友だちになると、賢く、繊細で優しい、まるで理想のような女の子だということがわかります。
軽井沢のホテルで、両親と、ミナと過ごす夏。
幸せなひとときの中で、アイは「血のつながり」について考えるようになります。
自分は恵まれた環境の恩恵にあずかる正当な人間ではない。
自分は他の子の権利を不当に奪ったのではないか。
自分は根なし草のような存在だ。
アイは災害やテロの死者の数をノートに書きこむようになります。
『 i アイ』 恋
常に学年1位の成績のアイは、大学受験を決めます。
高3になり、同じクラスの男子生徒が進学せずにプロのミュージシャンになるというので、学年の注目を集めます。
徐々に意識するようになった彼が、後から思えばアイの初恋、片思いのままの淡い恋の相手でした。
そのころ、親友のミナが「自分は同性愛者だ」と打ち明けるのです。
ミナは中2の時に自分で気づいて、ネット上で情報を捜し、今は付き合っている女性もいるというのです!
自分の「特別」をきちんと受け止められるミナを尊敬しちゃうよね
そして、ミナは彼女に会いにニューヨークに行きたいことを打ち明け、最後にこんな話ができる「アイがいてくれて良かった」と言ってくれるのです。
この言葉は何よりも嬉しいよね。
だっていつも、私はここにいていいの?
私だけ幸せでいいの?と、悩み苦しんで来たんだから!
『 i アイ』大学時代
アイは国立大学の理工学部数学科に入学します。
東大か、東工大かな?すごいねー
受験勉強以来、アイはどんどん太っていきます。そして黒い服に身を包み、ノートに死者の数を書き続けるのです。
だんだんと世界の死者数が遠く感じられていく自分をアイは嫌悪します。
しかし勉強は楽しく、数学は美しかったのです。
ミナとの家族ぐるみの付き合いは続いていて、新しい恋人とサーフィンを楽しんでいるというミナは輝くばかりに美しく、行動的な女性に成長していました。
大学3年の時、ハイチ沖地震が起こり、アイはニューヨークでのシッター、アニータの心配をします。
そして今、アニータは両親に解雇されたことを知るのです。
人種による差別、格差社会でのそれぞれの意識、大きな社会問題も自分で背負い込んでしまうアイは苦しくてたまらないよね
この地震をきっかけに、ダニエルは退職して人道支援団体に所属するためニューヨークに渡ります。綾子ももちろん後を追いますが、アイは大学院で勉強を続けるために日本に残ります。
このころシリアでは内戦の兆しが起こりつつありました。
『 i アイ』”311”東日本大震災
東京の家でたった一人で震災に遭遇したアイは両親や、ロスに渡った親友ミナの「アメリカに来るように」という説得に耳を貸さず、日本に残ります。
逃げることでこれ以上罪悪感を抱えたくなかったんだね
そして黒いノートは閉じられ、アイは瘦せ始めるのです。
ずっとアイを見守ってきた親友のミナは、こう言ってくれます。
「誰かのことを思って苦しいのなら、どれだけ自分が非力でも苦しむべきだと、私は思う。その苦しみを、大切にすべきだって」
「大好きだよ」
「iアイ」西加奈子
『 i アイ』ついに幸せをつかむ
アイは自分で痩せる努力を始めます。
そのことを知ったミナは、ロスからダイエット食品と共に1冊の本を送ってきました。
「テヘランでロリータを読む」というその本はミナにとっては「想像すること」だったのです。
読者よ、どうか私たちの姿を想像していただきたい。そうでなければ、私たちは本当には存在しない。…テヘランで『ロリータ』を読んでいる私たちを。それから、今度はそれらすべてを奪われ、地下に追いやられた私たちを想像してほしい。
「iアイ」西加奈子より「テヘランでロリータを読む」引用
ある日、福島原発反対デモに参加したアイはフリーカメラマンの佐伯裕と出会いました。
アイはユウと恋に落ち、勉強に手がつかなくなったアイは休学を考え始めます。
どんだけの恋愛?それとも数学がよそ見できないほどの道なのかな?
アメリカ国籍のアイがビザの問題で悩んでいることを知ったユウは「結婚しよう」とプロポーズします。
韓流ドラマみたいな展開だ!
ユウはアイを存在させてくれた。
「iアイ」西加奈子より
そして大学院のサロンで、教授と虚数のiについて話していると、ついにこの言葉を聞くのです。
「アイは存在する。」
「iアイ」西加奈子より
アイはついにこの世界にいなくてはならない存在である自分と出会えたのです。
『 i アイ』訪れる苦しみ
アイが次に望んだものは、自分自身のファミリー・ツリー、自分の血を分けた子どもでした。
26歳の若さとはいえ、不妊治療は辛く、苦しく、ようやく授かった赤ちゃんも流産してしまいます。
今までは悲劇を免れていたことに罪悪感を覚えていました。
でもその悲劇は自分の身に降りかかってきてみると、あまりにも辛いものでした。
再び黒いノートを開いて、死者の数を書きなぐるアイの脳裏には、
「どうして?」
の言葉だけが駆け巡ります。
『 i アイ』ミナ
スカイプで連絡を取り合ってきたアイとミナですが、この日の会話は衝撃的でした。
レズビアンのはずのミナが妊娠した。
相手は高校時代のアイの初恋の相手、内海であること。
望まない妊娠なので中絶しようと思っていること。
アイは怒りと悲しみのままに、妊娠と流産をミナに打ち明けます。
数日後にミナから来たメールで、アイはこれまでのミナの想いを知りますが、ミナを許すことはできませんでした。
『 i アイ』心を取り戻すこと
綾子がシリア情勢についてアイに尋ねたこと。
それが心に残ったまま、アイはユウとシリアの惨状について話し始めます。
言葉を紡ぐうちに、考えはまとまってきます。
渦中の苦しみを想像することは想いを寄せること。
私に起こった悲しみを想像して、一緒に苦しんでくれることはできる。
そのことで、私の心は取り戻せる。
そして「ミナに会いたい」と思うのです。
ミナが自分を存在させてくれたことに気づくのです。
『 i アイ』私はここよ。
アイはミナに会いにロスに飛びます。
機内の新聞で読んだ不幸は、シリアの難民、3歳のアイラン・クルディちゃんの溺死事件です。
二人は「どうして?」と悲しみ涙にくれます。
しばらくして、ミナは子供を産むつもりであるとアイに話します。
アイラン・スルディちゃんに捧げる花束を海へ投げ、自らも海へ入るアイ。
冷えた体を自らの体温で温めてくれるミナに、アイは言います。
「私はここよ。」
まとめ
アイは愛。I。さがしつづけたアイデンティティのアイ。そして主人公のeye、瞳でもあると感じます。
ユウはyou。あなたがいるから私がいる、唯一の人。
ミナは皆。なんですね。パソコンで入力していて初めて気づきました。
ミナを受け入れ、ミナに受け入れられ、アイはアイであることが出来る。
そして大きな社会問題や災害などの悲劇との向き合い方を教えてくれます。
どうせ自分には何もできない、と無関心でいるだけでなく、心を向けることができる。
できることをさがすことができる。
心を寄せて温めてあげることができると。
大きな感動を与えてくれたこの一冊、ぜひ手に取ってみてください。