豊臣兄弟|太閤記|年表で見る史実と虚構①信長に仕え始める秀吉

大河ドラマ

2026年の大河ドラマ『豊臣兄弟』は豊臣秀吉の弟・豊臣秀長が主人公。
この機会に豊臣秀吉を主人公にした司馬遼太郎先生の名作『太閤記』を読み直された方も多いのではないでしょうか。

この記事では『太閤記』の内容を史実と突き合わせ、年表形式で読み解いていきます。

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【史実】藤吉郎・小一郎誕生~信長に仕え始める

後の太閤・豊臣秀吉の年少期の記録はありません

後の伝記からわかっている史実を辿ってみましょう。

1537年 藤吉郎 尾張の国・中村に生まれる。 父・不明 母・なか 姉・とも
1540年 弟・小一郎 誕生 父を竹阿弥とする説もあるが藤吉郎と同じ人物。太閤記では木下弥右衛門という名。
1543年 父 死亡 隣家の竹阿弥が婿入り
1543年 妹・あさひ 誕生 父は竹阿弥
1551年 今川義元の家臣・松下之綱に仕える
1554年 織田信長に仕える

 

小一郎は竹阿弥の子とされている資料が多いね

小一郎の誕生は1540年、秀吉の実父の死亡が1543年とされているから、

やはり同じ父の兄弟と考えられるよ

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【豊臣兄弟】中村に帰ってきた藤吉郎はすでに織田信長に仕えている

『豊臣兄弟』第一話では、小一郎が直を助けようとしていたまさにその時に、兄・藤吉郎が8年ぶりに中村に帰ってきます。すでに織田信長に仕えている藤吉郎は、小一郎を一緒に仕官しようと誘います。

秀吉は17歳で信長に仕えているけど、1551年・14歳の時には家を出て松下之綱のもとに行っていたらしいね。

『豊臣兄弟』第2回の岩倉城攻めは1559年。

家を出てから8年だから、この時点で22歳と考えれば史実と一致するよね。

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【太閤記】豊かに脚色された『猿』の物語が始まる

中村の実家で継父に疎まれ、萱津村の光明寺に預けられている『小僧』が、高野聖と出会い浜松へ旅立ちます。清州で針を買い入れ、これを売り歩きますが、再会叶わず美濃へと流れていきます。

生涯実父について語らず、幼少期についても語らなかったという秀吉ですが、奴隷・物乞い同然の暮らしをしていたことが描かれています。

15歳。蜂須賀小六の屋敷で小者をつとめ、小六に「今川義元に仕えると良い」と教えられた『猿』は浜松で松下之綱と偶然に出会い、気に入られて二年を過ごします。
松下之綱のもとでお菊という女と結婚しますが逃げられ、ついには旅費を貰って尾張に帰ることに。

再び蜂須賀小六のもとに転がり込んだ『猿』は、つてをたどって織田信長に仕えます。

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まとめ:豊臣兄弟|太閤記|年表で見る史実と虚構①信長に仕え始める秀吉

太閤・秀吉の不遇な幼少期が謎に包まれていることは周知のとおりです。

では、そこからどのようにしたら生き生きとした『豊臣秀吉』という男を描くことができるか?

『豊臣兄弟』では、情報がある時点からのスタート、という形を取り、『太閤記』では司馬遼太郎先生の筆によって豊かに脚色された『小僧』が、『猿』が、歴史の中で存在感を見せつけていきます。

中村からの旅の途中では遊女『薬王寺』との一夜の思い出も描かれ、こういったエピソードの積み重ねが稀有な人誑し(ひとたらし)、豊臣秀吉の魅力や感性、才能をありありと描き出してくれます。

次回の記事では『うつけもの』織田信長の尾張国内での戦いについて考察していきます。

 

 

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